上品に盛られた「せいろそば」は白っぽく映り、つゆは鰹節と椎茸味。歯ごたえ、のど越しがよく至福の時を感じた。
大分市森町の閑静な住宅地にある古式手打ちそば「キジ屋」は泉洋一さん(56)が2年前に自宅を改装し開店した。永年の夢がかなった。
泉さんは高校卒業後、東京や神戸のホテルなどで調理師の修行を積んだあと、大分市の老舗レストランで働いた。
30歳の時一念発起、大分市の新産都企業関連の会社に中途入社し初めてサラリーマン生活を送った。努力家の泉さんは仕事(不動産業)に必須資格の宅地建物取引主任者資格を取得し23年間がむしゃらに働き続けた。
無理がたたったのか平成12年4月に体調をくずした。泉さんは「調理師をめざした時からサラリーマン生活を通してこの時が一番辛かった」という。しかし持ち前の努力で職場に復帰した泉さんは、平成15年9月に会社を早期退職した。53歳だった。会社を辞めて湯布院のそば店で修行した泉さんは8ヵ月後に「キジ屋」を開店した。
この店の特徴は、黒くて硬い外皮(殻)を取り除いたそばの実を福島県などから問屋を通じて仕入れ、石臼挽きの自家製粉でそば粉にすること。「せいろそば」や「おろしそば」など冷たいそばは十割(とわり)といって、小麦粉などの“つなぎ”を全く使わない。
ツユは地元の本醸造醤油と鹿児島県枕崎の鰹節、大分県佐伯市宇目特産の椎茸にこだわりを見せる。
温かい「にしんそば」や「とろろそば」も格別の味わいがある。
和室の卓上に置かれた小さな花瓶にさりげなくワレモコウや七色唐辛子が生けられていた。店を切り盛りしている妻の礼子さん(56)のちょっとした心遣いが感じられた。こんなところが女性客の心をつかんでいるのだろう。
礼子さんは洋一さんからそば屋を開くと聞かされた時「一度言い出したら聞かない人だし、夫に後悔してほしくなかったから励ました」という。
結婚33年の2人はこれから大晦日に向けて年越しのそばづくりで、1年で一番忙しい時を迎える。
取材/撮影/文 渡辺隆司
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